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2月
翌週にタイ旅行を控えたタイミングでiPhoneを水没させてしまった。カメラに水が入ったのと、音量が上がり続けるようになってしまった。旅行中に壊れると色々と厄介なので、サービスを予約して店舗へ。 水没の場合は修理ではなく交換になりますと告げられ、2人目の方と手続きを進めていた。お兄さんの指示のもとiPhoneを探すをオフにし交通系電子マネーを削除した後に、パーツが足りないから修理できないと言われる。 交換と聞いたのですがと返すと、「つまり、すべてのパーツがないということです。」と返され、困惑。一緒に消した電子マネーを一緒に復元し、店を出た。何をしにきたのだろうか、、。 (後日、交換機が届き、旅行にはギリギリ間に合った。)

台湾料理屋へいき、トマトと卵のふわふわ炒め、ルーローハンを食べて帰宅。八角の香りと水気のあるひき肉から、ギブミーのカレーを思い出した。スマホは交換できなかったがご飯はおいしかった。

2月
終業後に成田空港へ向かい、ラーメンを食べてゲートを通る。 搭乗が始まり列に並んでいると、外国のおばあちゃんがこちらに笑顔を見せながら、どうも、と笑顔を見せて割り込んできた。止める間も無く譲ると、その家族かと思われるお姉さんが、何かを言っておばあちゃんを列から引き離し、おばあちゃんを連れてもっと前の方へ割り込んでいた。 飛行機のシートはリクライニングが壊れていて直角のままだった。絵しりとりをしたりして消灯を待った。

早朝にバンコクの空港に到着。電車も動いていない時間だったので空港近くのセブンイレブンにて軽食。ヤクルトみたいな飲料を試した。日本のものより甘めの印象。 始発に乗ってバンコク市街へ。5時台なのでまだ何もやっておらず。散歩をして街が動き始めるのを待った。電車の時間までは、カオマンガイを食べる、市場へ行くなどして時間を潰した。 昼過ぎに列車に乗り込んで南へ向かう。3等車はまさに世界の車窓からと言った感じでかなりワクワクした。荷物も人もパンパンで、床に座り込んでいる人や、何かを売って回っている人と、異国を旅している気持ちになった。 列車はマレーシアとの国境の街に向かうもので、マレーシアの人も乗っていた。マレーシアまでは一日かかりそうな感じだった。

窓際でギラギラの日差しを浴びながら、列車は南へ。夏本番だったら暑さが耐えきれなかったかもしれないけれど、夕方が近づくと風が気持ち良くなってきた。ブランブリという街を過ぎ、ホアヒンという街へ向かっているあたりで夕方を迎えた。 空は赤く広く、遠くにはハリボテのような山々が見えて、その向こうに夕陽が沈んでいった。

五時間ほどかけて目的地のプラチュアップキリカンについた。 宿にチェックインしてスーパーで飲み物を買おうとすると、選挙の前日で酒類の販売が禁止されていた。近くの屋台でご飯を食べ(ガパオライス)、街を散歩して宿に戻ってシャワーを浴びて寝た。街には野良犬がたくさんいた。仕事からそのまま来たので、布団で寝られるのが嬉しかった。

翌朝早く起きて外に出てみると、日本では聞かない鳥の鳴き声や、鶏の声が聞こえていい感じだった。 朝市に行ってご飯を食べ、街のプライベートタクシーを予約すると、フロントガラスにヒビの入った白色ナンバーの車がやってきた。終始トラブルはなかったし、運転手はいい人だったから良かった。礫砂漠な雰囲気の広い大地の中を走り、景色を見ているとそれだけで楽しかった。すれ違う車は過積載がデフォルトで、果物や木が大量に運ばれていた。ところどころに牛とか、椰子の木とか、のどかな風景。 公園では丘に登ったり、風の気持ちいビーチでご飯を食べたり、船で洞窟に行ったりして過ごした。野生の猿もトロピカルな感じだった。どこに行っても野良犬がいた。

夕方に街へ戻り、夜ご飯前に街を散策。昼間の暑さも緩和し、落ち着いていてとてもよかった。裏道を歩いていると四国を思い出したりもした。どこへ行っても人の雰囲気を感じ生活の香りがした。人が溢れかえっている感じもなく、普通が見られた気がした。この散歩の時間は今回の旅の中で印象的なものとして心に残っている。

海沿いの店で晩御飯。カブトガニを食べる。ほとんど食べるところがなく、卵を楽しむものだった。カニの臭みと磯の臭みがした。調べてみると、ある種のカブトガニはフグ毒を持っていて死者がたまに出るらしい。 毒のあるものはマルオカブトガニと呼ばれ、尾の断面が丸い。対して他の種は三角の断面を持っている。お店に並んでいるカブトガニは尻尾がカットされていて断面を確認することができる。おそらく、水揚げされた時にそういった確認をしているのだろう。

翌日、ファンシーな高速バスでバンコクへ戻った。バスの時間を待つ間、大型スーパーへ行った。バターのメーカーにカンガルーの絵が描かれており、調べてみるとオーストラリア産のもので、オセアニアの近さが感じられた。高速道路では、屋根の上のキャリアに人が乗っていたり、日本では絶対に見られないものを見た。途中で事故渋滞に遭遇。事故現場ではドリアンが転げ回っていた。座った席のシートベルトが壊れていたので少し怖かった。、



1月
福岡の祖父母宅で年末年始を過ごした。兄と前乗りして博多で遊んだ。ずっと何かを食べていた。おそらく初めて食べた長浜ラーメンは、想像よりも澄んでいて美味しかった。替え玉をして600円という安さ、、。散歩をしたり、車で海の中道を走ってみたりと、終始のんびりと過ごした。 夜に行ったJazzBarBrownyというお店は優しい雰囲気でよかった。常連っぽい人たちが、帰り際にマスターに年末の挨拶をしていて、お正月だな、、という気持ちに。支払いの際に「これ、Rudy Van Gelderと私。」と壁に飾ってある写真を自慢げに眺めていた。

二日に移動して帰宅。大阪までは姉の車で移動し、大阪から新幹線で帰宅。関東は雪で、夜中に最寄りに着くと路面がうっすら白くなっていた。 明け方も降ったようで、翌朝カーテンを開けると外は雪で白かった。河川敷に散歩へ出ると、雪のグラウンドで草野球をしている人たちがいた。遠くには富士山も見えた。

年末休みに休暇をつなげていたから、16連休だった。気になっていた店や街に行ってみたり、家で音楽をしたり絵を描いたり好きなことをして過ごした。レコードをたくさん買った。 16日もあると、一瞬で過ぎたという感じもなく、思い返してみてもボリュームのある休みになった。最終日の夜に思い立って、MPCの動画を撮ってみたりした。

去年は大学を卒業し、就職で松本を出て関東にやってきた。研修などで3ヶ月ほど続いたホテル生活にもMPCを持ち込み、サンプリングをしていた。好きなアーティストのライブやイベントにも行くことができた。 今年はもっとライブに行きたい。松本の頃につながっていたレオ(B .T.Reo)さんに誘っていただいてライブをしたり、Jさんに誘ってもらって参加したカーリーでのイベントで知り合ったRubyRoom界隈の方々にお世話になり、思っていたよりもスムースに音楽で遊べたことが嬉しかった、、。出会い、話してくれた皆様に感謝、、。今年もたくさんライブができると嬉しい、、。

仕事の生活には思っていたよりも早く慣れることができ、社会人生活を結構楽しんでいる。それでも日中音楽を聴く時間は明らかに減ったし、好きな時に昼寝をすることも気分転換の散歩もできないし、そういう点はもっと自由になりたいなと思ったり。 仕事はまだハードではないけれど、帰宅するとなんやかんや疲れて眠くなってしまい、家での遊びの時間も減ったりすることにモヤモヤを抱いていたりもした。早く起きて遊べばいいことに気づいてからは、音楽や絵を描いたりすることのために起きることができるようになった(仕事のためではなく)。行きつけの美味しいコーヒー豆屋さんも見つけて、コーヒーと音楽が毎朝をかなり豊かにしてくれている。ありがたい、、。それでも、自由な時間はもっと欲しい。